塚本邦雄 / 塚本邦雄全集一巻
「くりかえし翔べぬ天使に讀みきかす 白葡萄醒酸製法秘傅」
「湖の夜明け、ピアノに水死者のゆびほぐれおちならすレクイエム」
「てのひらの傷いたみつつ裏切りの季節にひらく十字科の花」
「夜のつぎにくるはまた夜、かなしげな魚の眼の中に燈ともせ」
「翅あはすやうに両掌をあはせつつ君かへる日を花にいのりし」
「春天に白き飛機あり。牝鶏のやうに穢れてゐるイブの末裔」(水葬物語)
「堕天國のさま夕ひばりましぐらに靑年うしなはれゆくばかり」
「わが愛のかたへの立ちて馬の目のこほる紫水晶體よ」
「孔雀の屍はこび去られし檻の秋のここに流さざりしわが血あり」
「ほほゑみに肖てはるかなれ霜月の火事のなかなるピアノ一臺」
「メニエル症候群靉靆と木犀のにほふ くるはざる死へのあゆみ」
「とどこほる血の紅梅のつぼみ満つ おくるるはわがこころの死」
「わかものはよひの白雨に立ち沐浴む時間の果てのその靑裸」
「秋昏るる静脈のあゐ 詩を視るは火を睹るよりもおぼろなるかな」
「おとうとの殺意さへぎる恩寵と曇天の薄き膜をたまふ」(感幻樂)
「棕櫚の縄曳き電柱を攀づるもの、青年科・無翼堕天使類」
「わかものの病む眼のなかのひるの星****Laclos,L'Isle-Adam,Lonys,Lawrence」
「薔薇たとへば死後の時間のすみやかに經つゲルマンの直系の藍」
「合鏡の世界に髭剃ればわれとワーグナーの逢ひかず知れず」
「愛の創めに呪はるる者花菖蒲 禁食の胎 水に漂ひ」
「わかものよ汝の脚よりややながき姦淫の神話こよひ語らむ」
「あやまちてめとりし天使かたはらに髭もて織れる紫の網」
「神空に治しめさざる野の夜をグラジオラスが類ひなき花序」
「汝の眼底にわれ死すパルジファル蒼き花冠のごと擁かしめ」(緑色研究)