春日井建 / 未青年
「大空の斬首ののちの静もりか没ちし日輪がのこすむらさき」
「空の美貌を恐れて泣きし幼児期より泡立つ声のしたたるわたし」
「唖蝉が砂にしびれて死ぬ夕べ告げ得ぬ愛に唇渇く」
「太陽が欲しくて父を怒らせし日よりむなしきものばかり恋う」
「くちびるを聖書にあてて言ふごとき告白ばかりする少年よ」
「水葬のむくろただよふ海ふかく白緑の藻に海雪は降る」
「羽抜きし蝶を投げつつ聲あげき赤芽の森のわが首領の日」
「兄よいかなる神との寒き婚姻を得しや地上は雪重く降る」
「半獣の生血青ざめ身を巡る花冠を大地に踏みつぶすとき」
「火の剣のごとき夕陽に跳躍の青年一瞬血塗られて飛ぶ」
「行き交へる男女が一瞬かさなれるはかなき情死をうつす硝子戸」
「灰色の霧の餌食となる夜を影よりあわく人はさまよふ」
「夜空には骨片のごとく見えをらむ不眠の窓をよぎる雪粒」
「いくにんの狂詩人をひきずりし霊界の冥さに雪降りしきる」
「ねむられぬ汝がため麻薬の水汲めば窓より寒く雪渓は見ゆ」
「幻視とはわれは思はず凍空より樹より脱走する血を見たり」
「千の嘘告げしつめたき愛のため少女の雨の日の夢遊病」
「死者を啄ばむ小鳥を見つつ胸に湧く久しく忘れゐたる狩猟歌」
「私娼窟のごとき天幕に禁色の生終へて死者ら手を伸べあへり」
「死より怖るる生なりししかばせめて暗く花首は夜気に濡れつつなびけ」
後書きより引用。「短歌はぼくの免罪符でした。悪行や情事をあまりに早く知ってしまった生真面目な少年にとっては、それを正当化するための護符がぜひとも必要だったのです。だから短歌は、三十一枚のお祈りの舌となって、長いあいだ、ぼくの悪行の正しいことを喋り続けていました。」