ダークウェーヴについての個人的雑感とレビュー
本記事では個人的なダークウェーヴについての雑感と気に入っているアーティストについて言及していこうと思います。体系的に歴史を纏める為の記事では無く、入門編ですら無い素人の所見ですので各所に抜けや不備、間違いがあると思われます。悪しからず。
・初期ダークウェーヴ
正統なルーツはJoy DivisionのLove Will Tear Us Apart AgainやCloserの諸作等の印象的なシンセサイザーの採用、Twilight Ritual、Marquis de Sade、Asylum Party、Siouxsie And The Banshees等多岐に渡ると思われますが、ここではそれ以降台頭したアーティストの中から僕が愛聴している作家を取り上げたいと思います。知識不足で数は少ないですが。完全に余談ですが、ある一定の時期のアーティストのイメージもあるのだと思いますが、初期ポストパンクとダークウェーヴがメジャーなフィールドで混同される事態が各所で起きていて困惑しています。その曖昧さが何処から来るのか興味深く思っています。
・Das Ich
現在も活動を続けるオールドスクール勢の代表格。どこかシアトリカルでキッチュな趣を感じるヴォーカルとその後のミュージシャンにも影響を与えたであろう邪悪なコーラスワークが印象深いです。極端に歪められたキッチュな演劇性の黒いユーモアとの同期。
・Diamanda Galás
強烈なハイトーンヴォイスとチャントの様な歌唱法が際立つカルト・クイーン。You Must Be Certain of the Devilというアルバムでダークウェーヴ的な展開を見せていて、10代当時の僕に強烈な印象を残しました。ヴォーカリゼーションでの実験性と古典的サタニズム。
・Black Tape For Blue Girl
キリスト教とは違う異端的な聖性と幻想性を抱えた、主にネオフォーク的な作風やエセリアルウェーヴと呼ばれるダークウェーヴに近似した音楽を展開する当該ジャンルのルーツであるアーティストの一組です。ダークウェーヴとして取り上げるのは音楽性を検討すると憚られる部分もありますが、現行ダークウェーヴのルーツの一つだと思われるので言及しておきたいです。異端的聖性と幻想、反キリストの為の儀式性。
・9thアルバム、HALO STAR
2004年に発表された傑作であり個人的な彼らのベストです。涜神とキリストに対する冒涜をエロティックかつ背徳的に演奏するTarnishedが全体を通して聴いても際立っている様に思います。リチュアルなダークウェーヴであるTarnishからネオフォーク的で彼らの作品に通底する聖性を感じるYour Love Is Sweeter Than Wineまで楽曲の幅が広く、初期のアルバムには無い広がりを見せています。
「救世主がステージから落ちて来た。彼は誰かの腕に崩れ落ちる。傷が引裂かれて開き、欲望が晒される。僕たちは彼の魂の一部を分捕る。(Tarnish)」
・Sopor Aeternus & The Ensemble Of Shadows
ゴシックの一種の武装 / 装飾である演劇性を極端に推し進めた90年代から活動する伝説的アーティスト。ゴシックなチェンバー・ポップという趣もあり、美声も相まって非常に聴き易く、暴力 / チルという一時期Twitterで流行した二元論に沿うとチルに属するのだと思います。もっと詳しい方がネット上にいらっしゃると思われますので詳しい言及は差し控えますが、アンダーグラウンドシーンでは伝説的な存在らしいです。囁くようなヴォーカルと重複しますが美しい声色、シアトリカルなセンスにCurrent93のデヴィッド・チベットとの近親性を感じました。
・個人的に気に入っている現行ダークウェーヴ。
・ADULT.
モンドでアシッド、ダークなシンセワークとビート、凛々しい女性ヴォーカルが特徴的な比較的最近のダークウェーヴ・ユニット。2018年の前作も良かったですが、2020年リリースの新譜に期待しています。先行トラックが名曲なので。
・Ash Code
ポストパンク性とダークウェーヴ性が上手く調和した最近のシングルも良かったですが、個人的には一種の完璧なダークウェーヴである2018年発表のPerspektiveを推したいです。当然愛聴しているのですが、その完成度の高さは中々見られないものなので。
・Boy Harsher
現行シーンではトップクラスの人気だと思われる耽美系ダークウェーヴ・ユニット。楽曲も演奏も完成度が高いので愛聴してます。現地での人気は凄まじいらしい。そもそもこのジャンル自体あまりメジャーなものでは無いですが、日本とのギャップに一抹の不安と悲しさを覚えますね。耽美性と突き抜けた完成度。
・Box And The Twins
ドイツを拠点に活動するユニット。ダークウェーヴには比較的珍しい女性ヴォーカルと透徹したシンセワーク、ドリーミーな世界観が美しいです。ジャケも耽美。夢想と反キリストの為の暗黒シンセ・ポップとして響きました。
・Circa Tapes
病んだポストインダストリアル的な質感と脱力した感覚、邪悪さや毒気を前面に打ち出すサウンドとアートワークが印象深いです。前述した点を除いてギターを注視してみるとHealthにも通じる所がある様に思えます。取り上げている3rdアルバムは再発音源で有名なMedical Records LLCからのリリース。イーヴィルな世界観とポストインダストリアルなギターワーク。
・Cloudland Canyon
2006年から活動を続ける兎に角ポップである種瞑想的な楽曲が目立つシンセ・ポップユニット。どう考えてもダークウェーヴでは無いですが、個人的に気に入っているので言及しておきたいです。クラウトロックの影響と瞑想性が特筆すべきポイントかと思います。
・Cold Cave
ポスト・インダストリアルアクトであるVatican Shadow、ノイズ名義のPrurient等で活躍するDominick Fernow率いる現行ダークウェーヴシーンの立役者。初期は古典的なダークウェーヴを展開していましたが、4thアルバムであり最終作であるCherish the Light Yearsでシンセ・ポップとギターを大胆に取り入れ鮮烈な展開を見せました。ヴォーカルに感じるナルシシズムも作品の色彩になっている様に思います。現在は活動を停止しているのが残念でならないです。アンチ・ヒロイックなDominick Fernowの佇まいと強烈なロマンティシズム、牧神の死を勝利として歌い上げる神に明確に反する精神性。
・DBC
徹頭徹尾轟音かつノイジーで、同時に甘さも感じる漂白されたシンセワークが冴える2010年から活動を続けるユニット。愛聴盤です。天国への風刺とブルータリティ、轟音の間に垣間見えるスウィートネス。
・Death's Head
某所の年間ベストで知った脱臼した感覚とシンセとビートが織りなすドライヴ感、インダストリアルなアレンジと徹底的に病んだ感覚が鮮烈な地下ダークウェーヴ。Discogsに登録が無い辺りもアンダーグラウンドなのでしょうか。Bandcampは存在します。病理とインダストリアルな質感、フィジカルな力強さ。
・Exploded View
デヴィッド・リンチの作品群の様な悪夢的アトモスフィアと暗鬱な展開、どこか子供の様な女性ヴォーカルが独創的な現行ダークウェーヴ。Obeyでのスローな悪夢は忘れがたい印象を残しました。
・Gazelle Twin
強烈な毒と只管反復されるビートとシンセが心地良い先鋭的なダークウェーヴ。Gazelle Twinの存在をダークウェーヴの新しい動きの一つとして捉えていますが、Pastralでのイギリスの伝統への強烈な風刺精神と諧謔はシーンを見渡しても類を見ないと思います。
・Led Er Est
ノイジーでディストピア色が強く、初期コールドウェーヴ的なミニマルなシンセワークとヴォーカルのノイズ交じりのエコーが特徴的な2010年代初頭に活躍が目立ったダークウェーヴ・ユニット。ブルータルにも聴こえるヴォーカルが個人的な好みで折を見て聴き返しています。ミニマルシンセへの偏愛とブルータルなエコー。
・Linea Aspera
漂白された楽音と凛々しく端正な女性ヴォーカルが特徴的な最新のダークウェーヴ・ユニット。2018年発表の2ndアルバムが名盤で愛聴してます。ライブが素晴らしい様なので機会があれば聴きに行きたいですね。
・M!R!M
改名してドリーム・ポップに転身した事で一定のポピュラリティを獲得した彼らですが、初期は紛れもないダークウェーヴでした。タフでノイジーなギターと性急な展開、ラウドな楽音が特徴的でアルバムは見逃せない仕上がりになってます。
・Second Still
骨太でタフなビートとポストパンクに近いギターとベースの鮮烈なサウンドが印象的な現行ダークウェーヴ。ヴォーカルの歌唱法や旋律もポストパンク的な印象を受けます。くすんだ閃光を感じるギターワークとThe Soft Moonと共通するポストパンク的な高揚感を持った展開。初期はギターとベースが音楽性の要だったのだろうなと。
・SDH Semiotics Department Of Heteronyms
2018年から活動を続ける現行ダークウェーヴユニット。鮮烈にダークで過剰さを抱える楽曲からシンセ・ポップ的な歌唱が際立つ楽曲まで幅広い展開を見せており、今後の活動が楽しみなユニットです。残酷さと過剰なダークさ、ニヒリズムの合間に垣間見える強烈な毒。
・Selofan
某ショップで知ったユニット。ヴォーカルとシンセの旋律がメランコリックかつ完成度が高いので安心して聴ける良ユニットです。ロマンティックな古典的ゴスのテイストと王道を行く展開。
・She Past Away
トルコ発の王道を行くダークウェーヴ。ダークウェーヴの熱心なリスナー以外の層にもかなりの人気を博しており、既に鉄板の域だと思います。メランコリックで耽美なギターワークと良い意味で保守的なビートの展開、心地よく響くバリトンヴォーカルが完璧な調和を見せる彼らの音楽に魅了されっぱなしです。
・Tropic of Cancer
今は亡きBlackest Ever Blackの看板アーティストの一人、Tropic of Cancer。徹頭徹尾ダークでダウナー、スローでポップさを一切欠いたモノトーンのダークウェーヴを展開しています。潔い姿勢で好感度が高いです。モノクロの情念と砂漠的な光景。
・The End of All Things
シングルとEPを纏めた編集盤。初期のリリースの為比較的ポストパンク色が強く、そちらのリスナーが気に入るのではないかという内容です。ダウナーでスローな音楽性と拘束と薔薇をモノトーンで描く耽美なジャケットが好印象ですね。
・唯一のアルバム、Restless Idylls。
The End of All Thingsと比較すると清涼感の様な感覚が増していて、くすんだモノトーンから鮮烈なそれに変化したような印象を受けます。ドローン感覚を持ったヴォーカルとダークでダウナーなシンセは健在で、一際冴え渡っています。
・TR/ST
ノイズ交じりの耽美なシンセサイザーと王道を行くビート、ベクトルで言うとCold Caveの対極にある端整なヴォーカルが美しい現行ダークウェーヴシーンの代表格の一人です。近作でシンセ・ポップに接近した通り、初期からシンセ・ポップのカラーが強く比較的聴き易いと思います。勿論ただ聴き易いだけでは無く、強烈な毒を持ったアーティストでもありますが。
・1stアルバム、Trust。
ノイジーで耽美なシンセワークが強烈なShoomから始まり、ポップでアッパーなSulkで終わる初期の名盤です。Nu-Discoとの近親性を感じる甘さを感じます。
・The Destroyer, Vol. 2
元々シンセ・ポップ色が強いアーティストですが、今作では更にシンセ・ポップへの接近を強めていてポップで聴き易いです。She Past Awayで言うとDisko Anksiyeteに相当するアルバムですが、同時期に両者がシンセ・ポップに接近したのは共時性を感じ、興味深いです。
・Perturbator
ディストピアSF的な暗さと少し病んだ質感、ベースミュージック文脈のビートの感覚とトランシーでレトロフューチャーなシンセワークが際立つ現行ダークウェーヴの人気作家ですね。Neo Tokyoという楽曲がある通りAKIRAの世界観を彷彿とさせる所がある様に思います。最近の作品では王道ダークウェーヴに回帰していて好感度が高いです。レトロフューチャーなディストピアSF的世界観と極彩色のネオン。
・The Uncanny Valey
レトロフューチャーでトランシーで眩いシンセが極彩色のネオンをばら撒く彼の5thアルバムであり最新作。個人的には最近のモノトーンの王道ダークウェーヴ路線も良いですが、この時期の色彩感覚溢れるレイヴィーな轟音も捨てがたいです。
・New Model - EP
前年のThe Uncanny Valleyと比較すると感じる色彩が完全にモノトーンに変化しており、ビートや展開、シンセワークもダークに仕上がっています。以前より歌とメロディーを重んじているのも伺えます。Vanta Blackで個人的に好きなシューゲイザーのベスト10には確実に入るOddZooが客演で参加しているのも見逃せないですし、轟音や何処かに感じるポップさも健在なので彼のEPだとこの音源が個人的なベストです。
・Qual
2015年に名門Avant!からデビューを果たしたダークウェーヴ / EBMユニット。優れたポストパンクバンドであるIsolated Youthのリミックスで一躍名を上げたのだと思います。グリッチした極彩色の病んだディストピア的光景とアゴニーの表出、アシッドなミニマル・シンセの猛毒。
・The Soft Moon
初期から一貫してアンビエンスから離れた乾いた質感とロウな音質を持っており、独創性やダークウェーヴ特有の高揚感という意味で好きなアーティストです。最近の作品はポストパンク色が強く、Burnでの印象的で乾いたギターとエレジーを感じるヴォーカル、強烈な高揚感を持った楽曲展開にそれが伺える様に思います。
・Twin Tribes
2018年に初めて作品をリリースした比較的新しく、ゴシックの王道を行く低音ヴォーカルと耽美なギターワークが美しく個人的に好感度が高いアーティストです。2ndアルバムが名盤で、一般的な評価もそうなっている様です。リリース元のYoung & Cold Recordsもダークウェーヴ系のメディアであるCold Experiment曰く要注目らしいです。
・Youth Code
2012年から活動するダークウェーヴ / EBMデュオ。どちらかと言うとEBM / インダストリアルに属するのかもしれないですが、周辺ジャンルの中でも際立って格好良いので広義のダークウェーヴとして言及しておきたいと思います。パンクなアティテュードを発散するヴォーカルとThrobbing Gristle文脈のシンセワーク、直截的で分かり易くアッパーな楽曲展開が特徴的です。兎に角格好良いです。
・ダークウェーヴの新しい動き、実存主義からの離反。
ゴシックカルチャーには80年代の軽薄なメインストリームに対する反動としてへヴィーな実存主義を選び取ったという歴史があり、オールドスクールなゴシックとサルトルに端を発する実存主義は切り離せない関係にありますが、最近の一部のダークウェーヴ、Grimes、Zola Jesus、Azar Swan、Drab Majesty、Céline Gillain、Health等のアーティストはその哲学から意識的に離脱しており、実存主義が必然的に抱える土着にも似たリアリズムや重いリアリティーを感じさせない作風になっています。現在の重く憂鬱な社会を顧みるとあまり有効な武器では無いという事だと思われます。ファッション界隈のムーヴメントだがパステルゴス等の新しいゴスの動きもその系譜に属するのだろうと思います。以下に該当するアーティストを列挙します。
・Grimes
ダークウェーヴという枠では語り切れない女帝Grimes。モノトーンを基調とするダークウェーヴの楽音に極彩色の色彩感覚とキッチュにも映るセンスを持ち込んだのは偉大な功績だと個人的には思います。余談ですが日本アニメのファンらしく現在のTwitterのアイコンが異種族レビュアーズというアニメのキャラクターで少し笑ってしまいました。
・最新作、Miss Anthropocene
旧作に見られたどこか日本アニメ的でもあるキッチュさは影を潜め、アンビエンスがより強まった洗練されたダークウェーヴ/アート・ポップとなっており個人的なGrimesの作品でのベストです。これも余談ですが、アルバムのテーマであるアントロポセン=人新世、つまり人類が地質や生態系に影響を与える新しい地質時代については新海誠の天気の子でも言及がありまして、前述した通り日本アニメのファンであるGrimesはもしかしたら視聴していて、そこから着想を得たのではないか?という個人的な憶測があります。
・Zola Jesus
現行のダークウェーブの中でもGrimesと並んで高い知名度を誇るダークウェーヴ・ディーヴァ。耽美なシンセやビートもそうですが、鮮烈なディーヴァ性を抱えたヴォーカルが音楽性を特徴づけている様に思います。
・6thアルバム、Conatus。
名門Sacred Bones Recordsからのリリースです。ヴォーカルの色彩感覚とディーヴァ性は全アルバムを通して聴いても特に際立っているのではないかと思います。個人的なベストアルバムです。
・最新作、Okovi。
讃美歌からの換骨奪取の意思が伺えるDomaで幕を開ける今作が現在の最新作です。トライバルにも聴こえるビートと増々ディーヴァ性を増したヴォーカルが鮮烈なExhumed、オールドスクールなコールドウェーヴを強襲したと思われるシンプルな展開とシンセワークが甘美なRemains等聴き所が多く好きなアルバムです。
・Azar Swan
ポストインダストリアル・ダークウェーヴアクト。現在四枚のアルバムをリリースしていますが、歌を主軸に据えたGrimesやZola Jesusの影響を感じる初期を顧みると3rd以降の音源はノイズとへヴィーなリアリティーに満ちていて、作風の激変に驚くと同時に評価が定まった作風を変化させることを恐れない姿勢に感心しました。最新作の最後の曲であるThe Vengeful Sunでのスクリームを聴くとブラックメタルの影響が伺えて、歌から離れノイズと轟音に向かった源泉はそこにあるのだと思います。Vatican ShadowとCut Handsが作品に関与したという事実が示す通り、彼らはノイズ/インダストリアルの影響下にあり、変化は予め決定されていたのかもしれないですね。
・2ndアルバムであるAnd Blow Us a Kiss
歌に比重が重く置かれていて、サウンドとビートはVatican Shadowの様なポストインダストリアルな趣を感じさせます。鮮烈な旋律と強烈なビートが冴えるラブソングであるFor Last and Foreverが白眉でしょうか。
「貴方の香りを私の香水として使って、私は貴方の愛を天国のように身に着ける。永遠に。(For Last and Forever)」
・最新作、The Hissing of a Paper Crane
2ndに見られた色彩と歌を喪失したノイズと轟音の海。ポストインダストリアルなビートの感覚は依然として健在です。ブラックメタルとノイズミュージックの影響が顕著で、最終曲The Vengeful Sunのヴォーカルにそれが伺えます。個人的には実験精神も含めて彼らのベストとして推したいです。
・Céline Gillain
身体性が欠落したサウンドとビートに実存をあまり感じさせない歌が乗る先鋭的な現行ダークウェーヴ。ポップスに対する風刺としてのパロディはSelofanのHysteriaに見られる様にダークウェーヴの古典的な方法の一つですが、Fight or Flightでのフレンチポップのパロディの様なコード進行と旋律もその文脈に属しています。オールドスクールでキッチュな旧来的手法とはかけ離れていて音楽性に貢献する手法を取っており、そこに先鋭性があるのだと思いました。身体と実存の欠落したケミカルな毒気とSF感覚を持った先鋭的ダーク・ウェーヴ。
・Drab Majesty
とにかく良質な作品しかリリースしないダークウェーヴ / ドリーム・ポップのユニット。最近の作品はダークウェーヴという形容が相応しいのか分かりませんが、古典的では無い新しいダークウェーヴとドリーム・ポップ、ひいてはコクトー・ツインズとの折衷に成功しています。
・彼らの人気を決定付けた最新作、Modern Mirror。
ドリームポップ、引いてはコクトー・ツインズへの接近がポピュラリティを獲得した要因の一つだと思われますが、それにしても美しい煌びやかなサウンドで来日公演に行き損ねたのが後悔として圧し掛かっています。因みにPerturbaturも逃してしまいました。
・Health
言わずと知れた現行ダークウェーヴ唯一のオーヴァーグラウンド化したアーティスト。Grand Theft Auto Onlineのサウンドトラックを手掛ける等メジャーなフィールドにも爪痕を残す彼らの音楽は、ダークでありつつ取っ付き易いメロディーラインやソリッド過ぎないビート感覚を持っていてオーヴァーグラウンド化に結び付いたのが容易に理解出来ます。リミックスアルバムでのインディーロックやジャングル、メタルとのクロスオーヴァーも印象深いです。参考までに目立った参加者を挙げておきますと、ジャングルのCFCF、メタルシーンで活躍するJK Flesh、インディーロックシーンの古参であるXiu Xiuなどが挙げられます。個人的にはJPEGMAFIAとの共作シングルも見逃せないですね。
・2ndアルバム、Health。
リチュアルな暴走するビートとThrobbing Gristleの様な殆ど無調の声とシンセサイザーが目立つ初期の名盤です。僅かに聴きとれる旋律に後期Healthの作風への兆しが感じられるます。インダストリアル・カルチャーの影響が顕著で、それはThrobbing Gristleに象徴される自浄運動以前の野蛮なそれだと思われます。
・Nu-Discoに接近した7thアルバム、DISCO3
Nu-Discoの要素をダークウェーブに大胆に取り入れた7thアルバム。現在の作風に繋がる転換期に相当するのだと思われます。この時期から浮遊感を持ったある意味シューゲイザーの様なヴォーカルが取り入れられ始め、彼らがオーヴァーグラウンドな作家だという事を象徴し始めたのだと思いました。個人的にはNu-DiscoのアーティストだとJohn Talbotを想起してしまいます。
・最新作、VOL. 4 :: SLAVES OF FEAR
インダストリアル・メタルの要素が採用されていて、NINの様なギターと派手なリズムチェンジ、キックの手数の多さなどにそれが伺えます。轟音と同居するシューゲイザーの様な旋律はここでも健在です。轟音に対位法としての甘い旋律が乗る展開はその方法論と類似している様に思います。
・最後に。
ここまで素人の駄文を読んで下さって有難うございます。一応申し上げて置くと執筆者の力不足と言いますか、リアルタイムでの聴取経験が無くネットにアーカイブされていないので90年代のあまり有名では無いアンダーグラウンドなダークウェーヴについて言及出来ていなく、それは記事の不備の一つだと思います。反省しつつ音源を入手次第随時更新したいと思います。
春日井建 / 未青年
「大空の斬首ののちの静もりか没ちし日輪がのこすむらさき」
「空の美貌を恐れて泣きし幼児期より泡立つ声のしたたるわたし」
「唖蝉が砂にしびれて死ぬ夕べ告げ得ぬ愛に唇渇く」
「太陽が欲しくて父を怒らせし日よりむなしきものばかり恋う」
「くちびるを聖書にあてて言ふごとき告白ばかりする少年よ」
「水葬のむくろただよふ海ふかく白緑の藻に海雪は降る」
「羽抜きし蝶を投げつつ聲あげき赤芽の森のわが首領の日」
「兄よいかなる神との寒き婚姻を得しや地上は雪重く降る」
「半獣の生血青ざめ身を巡る花冠を大地に踏みつぶすとき」
「火の剣のごとき夕陽に跳躍の青年一瞬血塗られて飛ぶ」
「行き交へる男女が一瞬かさなれるはかなき情死をうつす硝子戸」
「灰色の霧の餌食となる夜を影よりあわく人はさまよふ」
「夜空には骨片のごとく見えをらむ不眠の窓をよぎる雪粒」
「いくにんの狂詩人をひきずりし霊界の冥さに雪降りしきる」
「ねむられぬ汝がため麻薬の水汲めば窓より寒く雪渓は見ゆ」
「幻視とはわれは思はず凍空より樹より脱走する血を見たり」
「千の嘘告げしつめたき愛のため少女の雨の日の夢遊病」
「死者を啄ばむ小鳥を見つつ胸に湧く久しく忘れゐたる狩猟歌」
「私娼窟のごとき天幕に禁色の生終へて死者ら手を伸べあへり」
「死より怖るる生なりししかばせめて暗く花首は夜気に濡れつつなびけ」
後書きより引用。「短歌はぼくの免罪符でした。悪行や情事をあまりに早く知ってしまった生真面目な少年にとっては、それを正当化するための護符がぜひとも必要だったのです。だから短歌は、三十一枚のお祈りの舌となって、長いあいだ、ぼくの悪行の正しいことを喋り続けていました。」
Grouper / Grid of Points
安息と傷の修復、祈りと瞑想。初期の華やかな祭儀的音楽より現在のGrouperの方が好きかもしれない。
デューナ・バーンズ / いとわしき女たちの書
「たとえあなたを捕え、宇宙から引きずりおろしても その脚がレースの布にからみついて動きが取れなくなったとしても あなたはくちづけで世界を狂わせるのだから うつぶせの姿でも。」
「草の上のあなたの体を見つめる 涼しく淡いまなざし。懸命にあの物憂い 長く伸びた太ももに触れようとするときに 聴こえてくるあなたの短く鋭くモダンな 悪徳の叫び。」
「見事に身を投げ うつ伏せに倒れ込む。裸の=女の=赤子は 顔を歪める。あなたの腹部は荘重に 宇宙に膨らみつつ。」(五番街から)
「両膝は遠く離れた位置にあり 重い惑星のよう。両目の虹彩はまるで 涙の抜け殻のよう。 そして巨大な恐怖の金の輪が 耳の罠にかかっている。」
「陽だまりに腰かけている あなたの眠り。かつては身に帯びつつも失った 今より美妙な天資とともに あなたの悪徳の祭壇が 深く沈んでいるのは悲しい。」
「あなたは、炎に濡れた夜明けを灯す 薄明の粉。あなたは、違法なる子らを産み落とした 不動の母。」(違法人の薄明)
「死体A 運ばれてきた彼女は、打ち砕かれた小さな繭、いくらか傷つきし身体は 驚いた月の比喩、そして彼女の穏やかな交響楽のすべては 黄昏の回流。死体B 彼女らは彼女をあちこちせわしく 乱暴に突いた。その体はぎょっとして縮こまる 街の猫を思わせた。力なく横たわる彼女は小さなジョッキの気が抜けたビールのようだった。」(自殺)
デューナ・バーンズの1915年に出版された初期の作品。早稲田文学から転載。
Lucid and The Flowers / Recapture
「Love is Blind」という楽曲に眩暈と陶酔を覚えた。ヴィジュアル系やジャズの影響と60年代への憧憬を高い次元で昇華したどこか不穏で退廃性の漂う優れたドリーム・ポップ。メランコリーと妖しさ、愛の喪失と再生。
Joy Divisin / Closer
イアン・カーティスの死後発表された2ndアルバム。Unknown Pleasuresよりゴシック性と陰鬱さ、歌詞の内省性と文学性が際立ち、深化という言葉で片づけたくは無いがバンドの音楽性がより優れたものになっているのが伺える。特に「24 Hour」、「The Eternal」、「Decades」と続けて聴くとバンドのゴシックかつ退廃的、それでいて審美眼に優れた透徹した美学が伺える様に思う。「24 Hour」の陰鬱さとダークな高揚感が同時にある感覚が個人的な聴き所。ジャケットの写真はイタリアのアッピアーニ墓所で撮影されたものらしい。
「全てが上手く行かない事に気づいた。新しい治療法を見つけなくちゃいけない。この治療法には時間が掛かりすぎる。シンパシーに支配された心の奥底で、手遅れになる前に私の運命を見つけてくれ。(24 Hour)」
Thomas Méreur / Dyrhólaey
現世から離れた旋律とエセリアル性。Grouperに通じるものを感じる。